エグゼクティブ特有の仕事

意思決定はエグゼクティブの仕事の一つにすぎない。
しかし意思決定はエグゼクティブに特有の仕事である。
(エグゼクティブのみが意思決定をする。)組織や組織の業績に対して重要な影響を及ぼすような意思決定を行うことを期待されているものこそエグゼクティブである。
エグゼクティブは成果を上げるために意思決定を行う。

Decision-making is only one of the tasks of an executive.
But to make decisions is the specific executive task.
Only executives make decisions. Indeed, to be expected to make decisions that have significant impact on the entire organization, its performance, and results defines the executive.
Effective executive, therefore, make effective decisions.


成果を上げるには意思決定の数を多くしてはならない。
重要な意思決定に集中しなければならない。
問題の根本をよく理解して決定しなければならない。
したがって、決定の早さを重視してはならない。
形にこだわることなく、インパクトを求めなければならない。賢くあろうとせず、健全であろうとしなければならない。

Effective executives do not make a great many decisions.
They concentrate on the important ones.
They try to make the few important decisions on the highest level of conceptual understanding.
They are, therefore, not overly impressed by speed in decision-making.
They want impact rather than technique, they want to be sound rather than clever.

  • impress : 印象を与える、感動を与える、認識させる、悟らせる

決定のプロセスで最も時間がかかるのは、決定そのものではなく決定を実施に移す段階である。
決定は実務レベルにおろさないかぎり決定とは言えず、よき意図にすぎない。

They know that the most time-consuming step in the process is not making the decision but putting it into effect.
Unless a decision has “degenerated into work” it is not a decision; it is at best a good intention.


成果をあげる五つの能力の最後「意思決定を行う」に入りました。意思決定に関する記述は第6章と第7章にわたって書かれています。それだけ意思決定は難しいということなのです。

私たちの仕事の中には、組織全体の方向性を決めるような経営層による意思決定もあれば、実務の現場では法令と現実の状況との狭間でどのように振る舞うべきかといった担当者による意思決定もあり、すべての階層において意思決定をしつつ仕事を進めています。

それぞれの決定の際には、「何が問題なのか、本当はどうあるべきなのか」をよく考えて意思決定をしなさいと言われています。

ドラッカーは著書「マネジメント」の中で「間違った問題に対する正しい答えほど、実りがないだけでなく害を与えるものはない。」と述べています。

逆に言うと、問題さえ正しくとらえていれば最初の対策が誤っていたとしてもまだ救われる、間違いに早く気付いて修正ができるから、ということです。それゆえ、問題の根本を良く理解せよと言っているのです。

二つの実例①

セオドア・ヴェイルは、おそらくアメリカの企業史上において最も成果を上げた人である。
彼は1910年代から20年代にかけてベル電話会社を世界最大の電話会社に育て上げた。

Theodore Vail was perhaps the most effective decision-maker in U.S. business history.
As president of the Bell Telephone System from just before 1910 till the mid-twenties, Vail built the organization into the largest private business in the world and into one of the most prosperous growth companies.

  • most effective decision-maker : 最も有能な意思決定者
  • private business : 民間企業
  • prosperous : 繁栄している、成功した、裕福な

彼は早くから電気通信事業を民間企業が経営するには際立った何かが必要なことを認識していた。
そこで民間企業としてのベルを、いかなる政府機関よりも公衆の利益を代表する存在にする方策が必要だった。

Vail saw early that a telephone system had to do something distinct and different to remain in private ownership and under autonomous management.
A policy was needed which would make Bell, as a private company, stand for the interest of the public more forcefully than any government agency could.

  • distinct : 独特な、鮮明な、明瞭な、はっきりした
  • autonomous : 独立した、自立した、自治権のある
  • stand for : ~を表す、象徴する、支持する
  • the interest of the public : 公共の利益
  • forcefully : 強引に、力強く

そのような考えからヴェイルは、第一に、ベルの事業は公共のニーズを予見しそれを満足させることであると規定する決定を行った。
社長に就任するや直ちに「われわれの事業はサービスである。」を社訓としたのである。 当時そのような考え方は異端だった。
彼は実際に経営管理者とその活動を評価するための基準をつくり、彼らがもたらした利益よりも、提供したサービスを評価するようにした。

This led to Vail’s early decision that the business of the Bell Telephone Company must be anticipation and satisfaction of the service requirements of the public.
“Our business is service” became the Bell commitment as soon as Vail took over.
He saw to it that the yardsticks throughout the system by which managers and their operation were judged, measured service fulfillment rather than profit performance.

  • anticipation : 予期、予想、期待、先取り
  • the service requirements of the public : 大衆から要求されるサービス、公共のニーズ
  • commitment : 約束、公約、責任、義務
  • takeover : 経営権獲得
  • yardstick : 基準
  • throughout : ~の隅から隅まで、~を通してずっと、~のいたるところに
  • service fulfillment : 達成したサービス、現実化したサービス、提供したサービス

第二にヴェイルは、全国規模の通信事業における独占体は、伝統的な意味における自由企業、すなわちまったく拘束を受けない民間企業ではありえないと考えた。
そこで彼は、国有に代わる唯一の方策として、公益のための規制の強化を考えた。
公正で効果的かつ原則にたった公的規制はベルの利害に一致しその存続に不可欠であるとした。

Vail, at about the same time, realized that a nationwide communications monopoly could not be a free enterprise in the traditional sense - that is, unfettered private to government ownership.
He recognized public regulation as the only alternative to government ownership.
Effective, honest, and principled public regulation was, therefore, in the interest of the Bell System and vital to its preservation.

  • monopoly : 独占
  • unfettered : 束縛を受けない、自由な
  • recognize : 認識する、認める、わかる
  • public regulation : 公的規制
  • alternative : 代わりとなるもの
  • honest : 誠実な、公正な、偽りのない
  • principaled : 原理原則に基づいた
  • interest : 利益、利害関係
  • vital : 不可欠な、極めて重要な
  • preservation : 保存、維持、存続

第三にヴェイルは、産業界において最も成功した企業研究所の一つ、ベル研究所を設立した。
彼は「いかに独占に競争力を持たせるか」を問題にした。
競争のない独占体は急速に硬直化し成長と変革の能力を失う。
しかしヴェイルは独占体においても、「現在」の競争相手として「未来」を組織することはできるはずであると考えた。
現在の状況を自らの手で陳腐化させることを目的とする世界で最初の企業研究所だった。

Vail’s third decision led to the establishment of one of the most successful scientific laboratories in industry, the Bell Laboratories.
Only this time he asked: “How can one make such a monopoly truly competitive?"
Without competition such a monopoly would rapidly became rigid and incapable of growth and change.
But even in a monopoly, Vail concluded, one can organize the future to compete with the present.
It was the first industrial research institution that was deliberately designed to make the present obsolete.

  • in industry : 産業界において
  • rigid : 厳しい、厳密な、頑固な、硬直した
  • incapable : ~することができない、~の能力がない
  • conclude : 結論づける、断定する、完成させる
  • institution : 施設、組織、機構
  • deliberately : 故意に、慎重に
  • obsolete : 旧式の、時代遅れの、廃れた

ベル電話会社は、現在はAT&Tというアメリカ最大の通信会社です。日本で言えばNTTに似ていますが、日本では元々電電公社という国有企業でしたから、当初から民間企業だったAT&Tとは成り立ちが違います。

ヴェイルは、事業を独占する民間企業にありがちな国有化の圧力を回避しながら、公益のために民間企業を維持するための様々な意思決定を行ったという例が紹介されています。

それぞれの意思決定は企業トップの意思決定であり、私たちの仕事からは少し離れている感じがしますが、学ぶべき点は、それまでの常識を覆す意思決定を行っていたことではないでしょうか。

  • 民間企業は商品を売り利益をあげることが第一であるという常識に対し、公共のサービスを行うことが自分たちの使命だと考えた決定
  • 政府の規制に対して異議を言うのが企業の姿勢と言う常識に対し、自らを存続させるために政府に規制を作らせるという決定
  • 独占体であれば安泰な事業ができるという常識に対し、自らを陳腐化させることにより独占体でありながら革新していくという決定

本当に価値のあるものは何かということを考え抜いた末に決定を行い、それにより社会貢献と会社の成長を両立させたというところを、ドラッカーは賞賛しているのだと思います。


二つの実例②

アルフレッド・P・スローン・ジュニアは、1922年に社長に就任し、GMを世界最大の自動車メーカーに育て上げた。
スローンの名を不朽にした分権制についての意思決定は、ヴェイルがベルのために行った意思決定と同じ種類のものだった。

Alfred P. Sloan, Jr., who in General Motors designed and built the world’s largest manufacturing enterprise, took over as a head of a big business in 1922.
The decision for which Sloan is best remembered, the decentralized organization structure of General Motors, is of the same kind as the major decisions Theodore Vail had made somewhat earlier for the Bell Telephone System.

  • decentralize : 分散する、分権する

1922年当時のGMは事業部長たちの割拠する連邦だった。
彼らのそれぞれがGMとの合併前には社長だった。彼らは事業部を自分の会社としてマネジメントしていた。
スローンが社長に就任した頃のGMは、彼らの自我のために崩壊寸前に追いつめられていた。

The company he took over in 1922 was a loose federation of almost independent chieftains.
Each of these men ran a unit which a few short years before had still been his own company - and each ran it as if it were still his own company.
When Sloan took over, the refusal of these strong and self-willed men to work together had all but destroyed the company.

  • loose federation : 統制のゆるい連盟(連邦)
  • chieftain : 族長、酋長、有力者
  • refusal : 拒絶、拒否
  • self-will : わがまま、強情、片意地
  • all but : ほとんど、おおむね(almost)

スローンはそのような状況を合併会社に特有の問題としてではなく、あらゆる大企業に共通する問題ととらえた。
スローンによれば大企業にも統一と統制が必要だった。
真に権力を持つトップが必要だった。
同時に現場においては熱意や強さが必要だった。

Sloan realized that this was not the peculiar and short-term problem of the company just created through merger, but a generic problem of big business.
The big business, Sloan saw, needs unity of direction and central control.
It needs its own top management with real powers.
But it equally needs energy , enthusiasm, and strength in operations.

  • peculiar : 奇妙な、不快な、特有の、独特の
  • short-term : 短期間の
  • merger : 合併、合同
  • generic : 一般的な、全般に関する
  • unity of direction : 方向性の一致(調和)
  • enthusiasm : 熱意、やる気

しかし当時、スローン 以外の 誰もが、この問題を個々の人間の問題として理解し、勝利者となる者が握る権力によって解決されるべき問題と見ていた。
これに対しスローンは、問題を組織構造によって解決すべき組織問題としてみた。そして彼が構想した組織構造が、運営における自治と、方向付けによる統制のバランスを図るものだった。

Everyone before Sloan had seen the problem as one of personalities, to be solved through a struggle for power from which one man would emerge victorious.
Sloan saw it as a constitutional problem to be solved through a new structure; decentralization which balances local autonomy in operations with central control of direction and policy.

be solved through a struggle : 闘いを通して解決される
emerge : 現れる、出てくる、明らかになる、抜け出す、知られ始める
victorious : 勝利を得た、勝った、勝ち誇った
constitutional : 規約による、構成上の、憲法の
local autonomy : 地方自治
operation : 事業、業務、運営、営業、作戦、動作
direction and policy : 方向性と方針


二つ目の事例は、2009年に破綻したGMの連邦分権組織を作ったスローンの意思決定です。1950年代にはすでにアメリカ最大の自動車メーカーでした。

しかしその創成期には、たくさんの自動車メーカーを吸収合併してできたGMをどのようにマネジメントするかという問題があり、スローンが連邦分権組織という回答を導きだしました。

連邦分権組織は、組織全体の方向性と戦略、目標に関する意思決定を行うトップマネジメントと、自立した複数の事業部門という組織構造です。
スローンの意思決定も、やはりそれまでの常識に逆らうものでした。

合併前の社長がそれぞれの事業部をめいめい勝手にマネジメントしている状態への対処の仕方としては、一つは事業部長の解雇であり、もう一つは彼らにそのまま指揮を執らせ続けるという二つが常識だったようです。後者を選択するということは「調整された無政府状態」といえるとしています。

しかし、スローンはそのどちらも選ばず、トップマネジメントの統制のもと同じ価値観を持った複数の事業部がそれぞれの分野で成果を出し続けるという組織構造を生み出したということなのです。

やはり、問題の本質をとらえ、どうあるべきかを考え抜いて意思決定をしたことが、成長を促した一つの要因だったのでしょう。


意思決定の要因①

成果をあげる上で必要とされる意思決定のステップは五つある。
まず始めに、一般的な問題か例外的な問題か、何度も起こることか個別に対処すべき特殊なことかを問わなければならない。
基本的な問題は、原則と手順を通じて解決しなければならない。
これに対し例外的な問題は、状況に従い個別の問題として解決しなければならない。

There are five elements of the effective decision process.
The first question the effective decision-maker ask is: “Is this a generic situation or an exception?” “Is this something that underlines a great many occurrence? Or is the occurrence a unique event that needs to be dealt with as such?
The generic always has to be answered through a rule, a principle.
The exceptional can only be handled as such and as it comes.

  • generic : 一般的な、総括的な、ノーブランドの
  • underline : 〜を強調する、明らかに示す
  • occurrence : 出来事、事件、発生、発症
  • deal with : 解決する、処理する、取り扱う、取引をする
  • principle : 主義、信念、原理、原則
  • handle : うまく扱う、解決する、操縦する

実際には、真に例外的な問題というものはきわめて少ない。
したがって、それらしきものに出会っても、「真に例外的なことか、それともまだわからない何か新しいことの表れか」を問う必要がある。

Truly unique events are rare, however.
Whenever one appears, one has to ask: Is this a true exception or only the first manifestation of a new genus?

  • manifestation : 現れ、しるし、表明、明示
  • genus : 種類、属

問題の種類を間違って理解するならば決定も間違う。
圧倒的に多く見られる間違いは、一般的な問題を例外的な問題の連続として見ることである。 一般的な問題としての理解を欠き解決についての基本を欠くために、その場しのぎで処理する。
結果は常に失敗と不毛である。

The effective decision-maker knows that he will make the wrong decision if he classifies the situation wrongly.
By far the most common mistake is to treat a generic situation as if it were a series of unique events; that is , to be pragmatic when one lacks the generic understanding and principle.
This inevitably leads to frustration and futility.

  • classify : 分類する
  • By far : はるかに、断然
  • pragmatic : 現実的な、実用的な
  • inevitably : 必然的に、予想通り
  • frustration : 挫折、頓挫、失敗、欲求不満
  • futility : むだ骨、無益、むだな行為

成果をあげるエグゼクティブは、原則や方針によって一般的な状況を解決していく。そのため彼は、ほとんどの問題を単なるケースの一つとして、すなわち単なる原則の適用の問題として解決していくことができる。

The effective executive solves generic situations through a rule and policy, he can handle most events as cases under the rule; that is, by adaptation.

  • adaptation : 適応、順応

ドラッカーは意思決定の五つのステップを、①問題の種類を知る②必要条件を明確にする③何が正しいかを知る④行動に変える⑤フィードバックを行う、と整理しています。

ここでは、第一のステップ「問題の種類を知る」ことについての記述を抜粋しました。

最初に一般的な問題か例外的な問題化を見分けなさいと言っていますが、真に例外的な問題というものはきわめて少ないという記述があります。ですから何か問題が起きているときは、一般的な問題の端緒として起きている一事象と疑うべきだということになります。

例えば、情報システムの不具合で顧客に誤った請求書が届いてしまったとか、ものすごい剣幕でクレームを言われたなどの問題が起きた場合、とりあえずその問題を回避するための対策は必要です。

その後、問題が起きた原因を突き詰めて考え、実は不具合を発生させた原因は、システム開発時の発注仕様書に無理な非機能要件があったからだとか、問い合わせの多い時間帯に対応する人が不足しているからだといった、より真の原因に近いところまでいくと、問題を一般化することができます。

問題が起きるたびにそれだけをつぶしていくような対応をしていても、モグラたたきのようになってしまい、問題対処のための部署を作るようなことになってしまいかねません。


意思決定の要因②

決定が満たすべき必要条件を明確にしなければならない。
意思決定においては、決定の目的は何か、達成すべき目標は何か、満足させるべき必要条件は何かを明らかにしておかなければならない。
(決定の経過において二つ目の重要な要素は、決定によって達成されなければならない明確な仕様(水準)である。
その決定が到達すべき目標は何か。到達すべき最小のゴールは何か。満たすべき条件は何か。
これは、科学において「境界条件」として知られているものである。
成果をあげる決定は、その境界条件を満たす必要がある。
その目的に適っている必要がある。)

The second major element in the decision process is clear specifications as to what the decision has to accomplish.
What are the objectives the decision has to reach? What are the minimum goals it has to attain? What are the conditions it has to satisfy?
In science these are known as “boundary conditions.”
A decision, to be effective, needs to satisfy the boundary conditions.
It needs to be adequate to its purpose.

  • specification : 仕様書、設計書、水準、詳述
  • accomplish : 達成する、完遂する、成し遂げる
  • objective : 目標
  • attain : 達成する、獲得する、到達する
  • satisfy : 満足させる、満たす、充足させる
  • adequate : 十分な、満足な、適して、適任で
  • purpose : 目的、意図、狙い

必要条件を簡潔かつ明確にするほど決定による成果は上がり、達成しようとするものを達成する可能性が高まる。
逆に、いかに優れた決定に見えようとも、必要条件の理解に不備があれば成果を上げられないことが確実である。
(これらの境界条件の定義に深刻な不足があると、)

The more concisely and clearly boundary conditions are started, the greater the likelihood that the decision will indeed be an effective one and will accomplish what it set out to do.
Conversely, any serious shortfall in defining these boundary conditions is almost certain to make a decision ineffectual, no matter how brilliant it may seem.

  • concisely : 簡潔に
  • likelihood :可能性、見込み、ありそうなこと
  • indeed : 確かに、本当に、実際に
  • set out to : ~するつもりがある、~に着手する、~しようと試みる、~することを目指す
  • conversely : 反対に、逆に、一方で
  • serious shortfall : 重大な(深刻な)不足
  • no matter how : どんなに~であろうとも

必要条件を見つけることは必ずしも容易でない。
そのうえ知的な者ならば必ず意見の一致を見るというものでもない。

It is not always easy to find the appropriate boundary conditions.
And intelligent people do not necessarily agree on them.

  • appropriate : 適切な、ふさわしい
  • not necessarily : 必ずしも~でない

必要条件を満たさない決定は、成果の上がらない不適切な決定である。
実際そのような決定は、間違った必要条件を満たす決定よりもたちが悪い。
もちろん正しい必要条件を満たさない決定も、間違った必要条件を満たす決定も間違いである。
だが間違った必要条件を満たす決定ならば救済することはできる。
一応の成果は上がるからである。
満たすべき条件を満たさない決定は、新しい問題を生むだけである。

The effective executive knows that a decision that does not satisfy the boundary conditions is ineffectual and inappropriate.
It may be worse indeed then a decision that satisfies the wrong boundary conditions.
Both will be wrong, of course.
But one can salvage the appropriate decision for the incorrect boundary conditions.
It is still an effective decision.
One cannot get anything but trouble from the decision that is inadequate to its specifications.

  • salvage : 救い出す、運び出す

決定においては何が正しいかを考えなければならない。やがては妥協が必要になるからこそ、誰が正しいか、何が受け入れられやすいかという観点からスタートしてはならない。
満たすべき必要条件を満足させる上で何が正しいかを知らなければ、正しい妥協と間違った妥協を見分けることもできない。その結果間違った妥協をしてしまう。

One has to start out with what is right rather than what is acceptable (let alone who is right) precisely because one always has to compromise in the end.
But if one does not know what is right to satisfy the specifications and boundary conditions, one cannot distinguish between the right compromise and the wrong compromise - and will end up by making the wrong compromise.

  • acceptable : 受け入れられる、容認できる
  • let alone : まして~ない
  • precisely : 正確に、まさに、ちょうど
  • compromise : 妥協、譲り合い、折衷案
  • distinguish : 識別する、区別する、感知する
  • end up by doing : 最終的に~することになる

「何が受け入れられやすいか」からスタートしても得るところはない。
それどころか通常この問いに答える過程において大切なことを犠牲にし、正しい答えはもちろん成果に結び付く可能性のある答えを得る望みさえ失う。

One gains nothing by starting out with the question: “What is acceptable?"
And in the process of answering it, one gives away the important things, as a rule, and loses any chance to come up with an effective, let alone with the right, answer.

  • as a rule : 普通は、概して、原則として
  • come up with : 見つける、思いつく、用意する、得る

の一つ目のステップで問題の種類を知った後、決定の目的(何のために)達成目標(どうなれば良いのか)を整理せよ、しかも簡潔であればあるほど良い、としています。

「知的な者ならば意見の一致を見るというものでもない」ということは、意見の衝突がありそれを調整する時間と手間が必要だ、すなわち必要条件(境界条件)を明らかにするには時間がかかるということです。

ここに時間をかけずに、とりあえず問題が目に見えなくなれば良いといった類の解決を求めてしまうと、必要条件を満たさない決定をしてしまい、結局はまた同じ問題を繰り返すことになってしまいます。

次に「何が正しいか」を考えよ、とつながるのですが、ここでは妥協について書かれています。

ドラッカーは、やがては妥協が必要になることもわかっています。しかし、何が正しかを知っていなければ、正しくないのに受け入れられやすいというだけの誤った妥協をしてしまうと指摘しています。


意思決定の要因③

決定において最も困難な部分が必要条件を検討する段階であるのに対し、最も時間のかかる部分が成果をあげるべく決定を行動に移す段階である。
決定は、最初の段階から行動への取り組みをその中に組み込んでおかなければ成果はあがらない。

While thinking through the boundary conditions is the most difficult step in decision-making, converting the decision into effective action is usually the most time-consuming one.
Yet a decision will not become effective unless the action commitments have been built into the decision from the start.

  • convert : 転換する、~に変える
  • commitment : 約束、責任、取り組み、関わり、しなくてはならないこと
  • build into : 組み込む、盛り込む、作りつける

事実、決定の実行が具体的な手順として誰か特定の人の仕事と責任になるまでは、いかなる決定も行われていないに等しい。
それまでは (よき) 意図があるだけである。

In fact, no decision has been made unless carrying it out in specific steps has become someone’s work assignment and responsibility.
Until then, there are only good intentions.

  • carry out : 実施する、行う、実行する、果たす
  • assignment : 割り当て、任務、指定、仕事
  • intention : 意図、意向、狙い、心構え

決定を行動に移すには、
「誰がこの意思決定を知らなければならないか」
「いかなる行動が必要か」
「誰が行動をとるか」
「その行動はいかなるものであるべきか」 (そしてその行動をとるべき人ができることか) を問う必要がある。
特に最初と最後の問いが忘れられることが多い。そのためひどい結果を招くことがある。

Converting a decision into action requires answering several distinct questions:
Who has to know of this decision?
What action has to be taken?
Who is to take it?
What does the action have to be so that the people who have to do it can do it?
The first and the last of these are too often overlooked - with dire results.

  • distinct : 別個の、独特な
  • overlook : 見落とす、気づかない、見逃す、一望する
  • dire : 悲惨な、ひどい、質の悪い

決定を実施に移し成果をあげるには、往々にして関係者が行動や習慣や態度を変えることが必要になる。
したがって、行動のための責任が明確にされ、責任を与えられた人達が必要な行動を取れなければならない。
評価の基準、仕事の水準、動機を変えられなければならない。
さもなければ彼らは、心理的な葛藤によって行動できなくなってしまう。

All this becomes doubly important when people have to change behavior, habits, or attitudes if a decision is to become effective action.
Here one has to make sure not only that responsibility for the action is clearly assigned and that the people responsible are capable of doing the needful.
One has to make sure that their measurements, their standards for accomplishment, and their incentives are changed simultaneously.
Otherwise, the people will get caught in a paralyzing internal emotional conflict.

  • behavior : ふるまい、行動、態度
  • attitude : 態度、姿勢、考え方
  • make sure : 確認する、気をつける、確保する
  • simultaneously : 一斉に、同時に
  • get caught in : ~に巻き込まれる、ひどい目にあう、罠にかかる、嵐に襲われる
  • paralyze : 麻痺させる、無力にする、活動をやめる
  • conflict : 衝突、争い、矛盾、葛藤

前項で、必要条件を明確にするには時間がかかると述べましたが、もっと時間のかかるのが四つ目のステップ「行動に移す」段階です。

「総論賛成、各論反対」という言葉があるように、目的や目標でなんとか合意できたとしても、いざ実行となったら、その手段についてまた議論が始まるというのは、よくあることです。

誰か特定の人の仕事と責任になるということは、その当事者が変化を受け入れなければならないので、さまざまな抵抗が起きる、したがって最も時間のかかる部分だということでしょう。

だからこそ、丁寧に上記の4つの問いに答え、評価の基準などを変えて、当事者が行動しやすい環境を作って説得に当たっていくことによって、決定を行動に結びつけよとアドバイスしているのです。


意思決定の要因④

最後に、決定の基礎となった仮定を現実に照らして継続的に検証していくために、決定そのものの中にフィードバックを講じておかなければならない。
決定を行うのは人である。
人は間違いを犯す。最善を尽くしたとしても必ずしも最高の決定を行えるわけではない。 (最善を尽くしても長くは続かない。)
最善の決定といえども間違っている可能性はある。
そのうえ大きな成果を上げた決定もやがては陳腐化する。

Finally, a feedback has to be built into the decision to provide a continuous testing, against actual events, of the expectations that underlie the decision.
Decisions are made by men.
Men are fallible; at their best their works do not last long.
Even the best decision has a high probability of being wrong.
Even the most effective one eventually becomes obsolete.

  • provide : 提供する、与える
  • expectations : 予想、可能性、期待、見込み
  • underlie : ~の基礎となる、背後にある
  • fallible : 間違いを犯しやすい、誤る可能性がある
  • not last long : 長続きしない、今のうちだ
  • probability : 見込み、公算、確率
  • eventually : 結局、ついに、最後には、ゆくゆくは
  • obsolete : 旧式の、時代遅れの、廃れた

あらゆる国の軍が、命令を出した将校が自らでかけ、確かめなければならないことを知っている。少なくとも副官を派遣する。
命令を受けた当の部下からの報告をあてにしない。
信用しないということではない。
コミュニケーションが当てにならないことを知っているだけである。

All military services have long ago learned that the officer who has given an order goes out and sees for himself whether it has been carried out. At the least he sends one of his own aides.
He never relies on what he is told by the subordinate to whom the order was given.
Not that he distrusts the subordinate.
He has learned from experience to distrust communications.

  • carry out : 実行する、果たす、実施する
  • rely on : 頼りにする、当てにする
  • distrust : 信用しない、疑う、怪しむ

コンピュータの到来とともにこのことはますます重要になる。決定を行う者が行動の現場から遠く隔てられるからである。
自ら出かけ、自ら現場を見ることを当然のこととしないかぎり、ますます現実から遊離する。

With the coming of the computer this will become even more important, for the decision-maker will, in all likelihood, be even further removed from the scene of action.
Unless he accepts, as a matter of course, that he had better go out and look at the scene of action, he will be increasingly divorced from reality.

  • in all likelihood : きっと、十中八九
  • further : さらに、もっと、よりいっそう
  • as a matter of course : もちろんのこととして
  • divorce : 切り離して考える、縁を切る、離婚する

自ら出かけ確かめることは、決定の前提となっていたものが有効か、それとも陳腐化しており決定そのものを再検討する必要があるかどうかを知るための、唯一ではなくとも最善の方法である。
われわれは意思決定の前提というものが、遅かれ早かれ必ず陳腐化することを知らなければならない。
現実は長い間変化しないでいられるものではない。

To go and look for oneself is also the best, if not the only, was to test whether the assumptions on which a decision had been made are still valid or whether they are becoming obsolete and need to be thought through again.
And one always has to expect the assumptions to become obsolete sooner or later.
Reality never stands still very long.

  • valid : 有効な、公式の、妥当な、根拠のある
  • think through : 考え抜く、とことんまで考える、熟慮する
  • expect : 予想する、期待する、要求する
  • assumption : 仮定、仮説、想定

意思決定のプロセスの最後は「フィードバックを行う」です。

「現場、現物、現実」をみて意思決定を行う「三現主義」という言葉があります。フィードバックはこれに近いもので、意思決定の結果がどのようになっているか「三現」から情報を得ることを指します。

コンピュータの話が出てきましたが、ドラッカーは「コンピュータが扱うことができるものは抽象である。抽象化されたものが信頼できるのは、それが具体的な事実によって確認された時だけである。それがなければ抽象は人を間違った方向へ導く。」としています。

たしかに、情報システムというのは現実の事務を抽象化(モデル化)し、パターン化してプログラムとして組み上げ稼働させています。あるいは、現場でのパソコンの使い方を想定して、それに適した環境を提供しています。

しかしここでは、「現場を見に行け、当初の仮定は本当かを確認しなさい、そうしなければ、現実から遊離してしまいますよ」と警告しています。