3章 ベンチャーのマネジメント
成功のための4つの原則(223)
ベンチャーは、いかにアイディアが素晴らしくとも、いかに資金を集めようとも、いかに製品が優れていようとも、いかに需要が多くとも、事業としてマネジメントしなければ生き残れない。
ベンチャーが成功するには四つの原則がある。
第1に、市場に焦点を合わせること
第2に、財務上の見通し、特にキャッシュフローと資金計画を持つこと
第3に、トップマネジメントのチームを、実際に必要となるはるか前から用意しておくこと
第4に、創業者たる起業家自身が、自らの役割、責任、位置づけについて決断すること
である。
常に市場中心で考える(224)
ベンチャーが成功するのは、多くの場合、予想もしなかった市場で、予想もしなかった顧客が、予想もしなかった製品やサービスを、予想もしなかった目的のために買ってくれる時である。
あくまでも市場志向、市場中心でなければ、単に競争相手のために機会を作っただけに終わる。
ユニバックもIBMも、最初は科学計算用にコンピュータを設計した。一般の企業が関心を示したとき、ユニバックはセールスマンを派遣せず、IBMは喜んでサービスを提供した。10年後にユニバックは最高のコンピュータを手にしていたが、IBMは市場を手にしていた。
ベンチャーを市場志向にすることは特に難しいことではないが、そのために必要なことは起業家の性向に反する。
製品やサービスが何であり、いかに買われ、どのように使われるのかを顧客以上に知っていると思い込むのは、最大の危険である。
ベンチャーに取り組む人は、製品やサービスの意味を決めるのは顧客であって生産者ではないことを常に思い起こす仕組みを作っておかなければならない。
財務上の見通しを立てておく(227)
製品やサービスで成功し、急成長する。ハイテクなどの流行の分野であれば、大きな注目が集まる。5年以内に10億ドルとの見通しさえ聞かれるようになる。だが1年半後、挫折する。275人の従業員のうち180人を解雇せざるをえなくなる。社長は退陣し、大企業に安く買い取られる。
原因はいつも同じである。第1に、今日のための現金がない。第2に、事業拡大のための資本がない。第3に、支出や在庫や債権を管理できない。おまけにこの3つの症状は同時に起きることが多い。一つでも起こると大きく体力を損なう。
成長するということは、資金の余剰ではなく、資金の不足(債務の発生と現金の流出)をもたらす。
ベンチャーは、キャッシュフローの分析と予測と管理を必要とする。ここでいう予測は希望的観測ではなく、最悪のケースを想定した予測である。常に1年先を見てどれだけの資金がいつ頃何のために必要となるかを知っておかなければならない。
1年の余裕があれば、ほとんどの場合手当は可能である。しかし切迫した状況の下で資金を調達することは、事業がうまくいっているときでも困難であり、法外なコストがかかる。
成長率40%から50%という急激な成長は、既存のコントロールシステムを陳腐化する。未収金、在庫、製造コスト、管理コスト、アフターサービス、流通など、一つをコントロールできなくなると、あらゆることをコントロールできなくなる。
ベンチャーが成長していくためには、それらの最重要事項について、常に3年先を見越してコントロールのシステムを確保していかなければならない。それらのことを意識し、注意し、必要に応じて迅速に対応できるようにしておくことである。
トップ・チームを構築する(231)
ベンチャーは、トップ・チームが実際に必要となるはるか前から、それを構築しておかなければならない。ワンマンによるマネジメントが失敗する前に、そのワンマン自身が、同僚と協力すること、人を信頼すること、人に責任を持たせることを学ばなければならない。創業者は付き人を持つスターではなく、チームのリーダーにならなければならない。
チームは一夜にしてならず、機能するようになるには3年以上の時間がかかる。トップ・チームの構築までにはいくつかの準備が必要である。
第1に、創業者自身が、事業にとって特に重要な活動について、主な人たちと相談しなければならない。あらゆる組織に共通する重要な活度は、人のマネジメントと資金のマネジメントであるが、それ以外の活動は事業や仕事、価値観や目標を内部から見ている人たちが決めなければならなない。
第2に、創業者など主な人たちの一人一人が「自分が得意とするものは何か、ほかの人たちが得意とするものは何か」を考えなければならない。
第3に、「それぞれの強みに応じて、誰がいずれの活動を担当すべきか、だれがどの活動に向いているか」を検討しなければならない。
第4に、重要な活動のすべてについて、目標を定めなければならない。重要な活動に責任を持つことになった人に対し、「何を期待できるか。何に責任を負ってもらえるか。何をいつまでに実現するつもりか」を問わなければならない。
創業者はいかに貢献できるか(235)
ベンチャーが発展し、成長するに伴い、創業者たる起業家の役割は変わらざるをえない。これを受け入れなければ、事業は窒息し、破壊される。
創業者たる起業家は、これに同意し、何かをしなければならないことはわかっていても、自らの役割をいかに変えたらよいかを知っている者は少ない。
彼らは「何をしたいか」「自分は何に向いているか」を考えるが、正しい問いは「客観的に見て、今後事業にとって重要なことは何か」である。
次に問うべきは、「自分の強みは何か。事業にとって必要なことのうち自分が貢献できるもの、他に抜きんでて貢献できるものは何か」である。
この問いを徹底的に考えて初めて、「自分は何を行いたいか、何に価値を置いているか」を問うことができる。
自分の得意、不得意を考える(236)
創業者はいかに貢献できるかとの問いが、創業者とそのベンチャーの双方にとって、常に満足のいく答えをもたらすとは限らない。
アメリカで最も成功している金融関連のベンチャーの一つでは、創業者はトップチームを作り、後継者を育て、事業を引き継いで辞任した。彼は、新しい事業を育てることを好んだが、マネジメントは好まなかった。事業と別れることが事業に貢献することだという事実を受け入れていた。
「自分は何が得意で何が不得意か」との問いこそ、ベンチャーが成功しそうになったとたんに、創業者たる起業家が直面し、徹底的に考えなければならない問題である。
本田宗一郎が本田技研工業というベンチャーを始めるにあたり、彼自身はエンジニアリングと製造以外はやらないことにしていた。彼は、マネジメント、財務、マーケティング、販売、人事を引き受けてくれるパートナーが現れるまで事業を本格化しなかった。
相談相手をもつ(239)
創業者は、基本的な意思決定について話し合い、耳を傾けるべき相談相手を必要とする。そのような人間は社内ではめったに見つからない。
創業者の判断やその強みを問題にできる人物が必要である。第三者の立場にいる者が、創業者たる起業家に対し、質問をし、意思決定を評価し、市場志向、財務見通し、トップチームの構築など、絶えず迫っていく必要がある。
あまりに多くのベンチャー、特にハイテクのベンチャーが、本章で述べてきた原理を避け、馬鹿にする。「それはマネジメントのすることであって、自分は起業家である」という。そのような考えは無責任を意味する。規律のない自由は放縦であって、やがて無秩序か独裁へと堕落する。
何よりもベンチャーは責任を必要とする。起業家がその責任を果たせるようにすることが、まさに起業家マネジメントである。