4章 起業家が取るべき戦略
4つの戦略(241)
企業か戦略には4つある。
総力戦略、ゲリラ戦略、ニッチ戦略、顧客創造戦略である。
はっきりと区別できるものではなく、いずれか一つを選べというものではない。そのうちのいくつかを組み合わせて一つの戦略とすることができる。
しかしこれら4つの戦略には、それぞれ合致するイノベーションと合致しないイノベーションがある。
総力戦略|市場の支配を目指す(242)
総力戦略は、最初から永続的なトップの地位をねらう。しばしば新たに大きな産業を生み出す。たしかに、多くの起業家がこの戦略をとる。
しかし、この戦略はリスクが低く成功の確率が最も高いわけではない。起業家戦略として優れているわけでもない。最もギャンブル性が高く、一切の失敗を許さずチャンスが二度とない辛い戦略である。
明確な目標を一つ掲げ、それに全エネルギーを集中し、成果が出始めるや、さらに資源を大量投入しなければならない。
トップの地位を維持していくための継続的な努力が必要である。リーダーシップを握った以上、それまでよりも速く走り、開発費もイノベーションに成功した後でこそ増額しなければならない。
何にもまして、競争相手よりも先に自らの手で製品やプロセスを陳腐化させていかなければならない。さらに、価格を計画的に下げなければならない。高価格を維持することは、競争相手に傘をさしかけやる気を起こさせるだけである。
創造的模倣戦略|ゲリラ戦略1(245)
この戦略は模倣である。起業家はすでに誰かが行ったことを行う。しかし最初にイノベーションを行った者よりも、その意味をより深く理解するがゆえに、より創造的である。
この戦略で最も大きな成果をあげてきたのはIBMである。また、世界の時計市場においてトップの地位を得たセイコーである。
創造的模倣戦略は、総力戦略よりもはるかにリスクは小さい。普通は最初のベンチャーが供給できる以上の需要が生まれている。
誰かが新しいものを完成間近まで作り上げるのを待って仕事にかかる。短期間で、顧客が望み、満足し、代価を払ってくれるものに仕上げる。直ちに標準となり、市場を奪う。
新しい製品やサービスを導入した者の顧客を奪い取るのではない。彼らが生み出しながら放っておいた市場を相手にする。既に存在している需要を満たすのであって、需要そのものを生み出すのではない。
柔道戦略|ゲリラ戦略2(248)
1947年、ベル研究所がトランジスタを発明したが、誰も何もしなかった。1970年ころまで使い物にならないとした。
トランジスタのことを新聞で知ったソニーは直ちにアメリカに飛び、ライセンスを破格の安値で買った。2年後最初のポータブルラジオを世に出し、5年後には世界市場を手に入れた。
これは予期せぬ成功の拒否と利用の古典的な例である。アメリカの企業は、業界を代表するリーダー企業の発明ではないトランジスタの利用を拒んだ。プライドが邪魔をした。
日本企業はアメリカ企業に対し、この柔道戦略をとることによって何度も成功してきた。
MCI、ROLM、シティバンクなどの新規参入者もすべて、柔道戦略を使った。支配的地位の獲得を目指す戦略のうち、柔道戦略こそ最もリスクが小さく、成功しやすい。
自らの性癖によって市場を失った企業は、例えばそれが日本の低賃金のせいにするなど、ほかの原因を言い訳にする。
ここにこそ、同じ柔道戦略が何度も成功するかを示すヒントがある。
新規参入者に市場を奪われる原因|5つの悪癖(251)
新規参入者に柔道戦略を使わせ、トップの地位を得させてしまうのは、先行者に見られる5つの悪癖のいずれかが原因である。
第1に、自分たちが考えた以外にはろくなものがないという傲慢さがある。
第2に、最も利益のあがる部分だけを相手にするという、いいとこ取りがある。
第3に、価値についての誤解がある。顧客は自分にとって有用なものに、価値ありとして対価を払う。製品やサービスの価値は供給者が作るものではない。
第4に、創業者利益なる錯覚がある。トップの地位を確立している者にとって大きな利益に見えるものは、覇権を争う新規参入者に与える補助金にほかならない。
第5に、多機能の追求がある。それは製品やサービスの最適化ではなく、最大化を求めることである。
柔道戦略もトップの地位を目指し、やがては支配権をねらう。しかし、トップ企業と正面切って戦うことはしない。少なくともトップ企業が挑戦を気にしたり、脅威とみなしたりする分野では競争しない。トップ企業は、新規参入者に支配権を奪われるまで、事業のやり方を変えようとしない。
関所戦略|ニッチ戦略1(253)
ニッチ戦略は、限定された領域で実質的な独占を目指す。成功しても名をあげることはなく、実をとるだけである。この戦略のポイントは、製品としては決定的に重要でありながら、ほとんど目立たず、誰も競争しにこない点にある。
アルコン・ラボラトリーズは白内障手術に使う酵素を開発し、特許を取得すると関所の位置を得た。市場は小さく、世界全体でも5000万ドル程度である。競合品を開発するほどの価値はない。
関所戦略には厳しい条件がある。
製品がそのプロセスに不可欠なものでなければならない。市場の規模は、最初にその場を占めた者一人だけが占拠できる大きさでなければならない。
そのような場所は、簡単には見つからない。また、ひとたび適所を占めてしまえば、大きな成長は見込めない。目標を達成したときには成熟期を迎えている。
専門技術戦略|ニッチ戦略2(255)
アメリカのデルコグループ、ドイツのロベルトボッシュ、イギリスのルーカスなど、歴史ある自動車部品メーカーは、専門技術によって、ニッチにおける支配的地位を獲得し、その地位を維持してきた。
専門技術戦略は、新しい産業、新しい習慣、新しい市場、新しい動きが生まれる揺籃期にスタートしなければならない。
専門技術によるニッチ市場が偶然見つかることはあまりない。イノベーションの機会を体系的に探すことによって、はじめて見つけられる。
ボッシュは、生まれたばかりの自動車産業について研究した。ハミルトン・プロペラは、創業者が創設期の航空機産業を体系的に調べて設立した。ベーデカーは、新しいタイプの観光客を対象とする事業をいくつか試みた後、ガイドブックを作った。
ニッチ確保に成功した企業は、絶えずその技術の向上に努め、一歩先んじなければならない。まさに、自らの手で自らを陳腐化させなければならない。
専門技術戦略によって得られるニッチ市場には、時間的にも領域的にも限界がある。しかしその限界の枠内では、専門技術による地位は極めて有利である。急速に成長している技術、産業、市場では最も有効な戦略である。
専門市場戦略|ニッチ戦略3(259)
専門市場は、「この変化には、ニッチ市場をもたらすいかなる機会があるか。他に先がけてそれを手に入れるには何をすべきか」を徹底的に問うことによって手にできる。
業務用オーブンの過半は、北イングランドとデンマークにある二つの中堅メーカーが供給している。特に技術的に難しい所はない。同じオーブンをつくれるメーカーは無数にあるが、この2社は世界中の主なベーカリーを知っており、ベーカリーの方もこの2社を知っている。
この2社は、クッキーやクラッカーが、家庭ではなく工場で焼かれるようになったという変化を認識しただけだった。彼らのオーブンは、技術ではなく市場を基盤としていた。
専門市場の地位を維持するためには、①新しい傾向、産業、市場について常に分析を行い、②何らかのイノベーションを加え続け、③サービス向上のために休まず働かなければならない。
専門市場の地位あるものにとって最大の敵は、自らの成功である。専門市場が大衆市場になることである。
効用戦略|顧客創造戦略1(261)
顧客創造戦略は、イノベーション自体が戦略である。製品やサービスは昔からあるものでよい。効用や価値、経済的な特性を変化させる。
顧客創造戦略には、効用戦略、価格戦略、事情戦略、価値戦略の4つがある。
効用戦略では、価格はほとんど関係ない。顧客が目的を達成するうえで必要なサービスを提供する。顧客にとって「真のサービスは何か」「真の効用は何か」を追及する。
アメリカの花嫁は、結婚祝いに磁器を欲しがる。送る側としては、一揃いでは高すぎる。何か一つを選ぶにしても、ほかの人と重なってしまうかもしれない。
中堅食器メーカーのレノックス・チャイナは、これをイノベーションの機会ととらえた。
花嫁は小売店を選び、欲しいセットとお祝いをくれそうな人たちの名前を伝える。小売店はそれらの人たちに、「コーヒーカップ二つでいかがでしょう」「もうコーヒーカップはそろいましたので、デザート用のお皿がよろしいようです」と勧める。
花嫁は満足し、送り主も満足し、レノックス・チャイナは大いに満足する。
価格戦略|顧客創造戦略2(263)
ジレットは、メーカーが売るものではなく、消費者が買うもの、つまりひげそりそのものに値を付けた。
安全カミソリには生産コストの5分の1の価格をつけ、替え刃には生産コストの5倍の値を付けた。それでも、床屋の10分の1の価格でひげをそることができた。
コピー機の特許が、ハロイドという無名の会社に属することになったのは、印刷機械の大手メーカーが市場を見出せなかったからだった。彼らの計算では最低4000ドルで売らなければならなかった。カーボン紙がただ同然だったコピー機にそれだけの金を払う者がいるはずがなかった。
ハロイド、すなわち今日のゼロックスがおこなった最大のイノベーションは、価格設定の仕方にあった。
彼らはコピー機を売らなかった。コピー機が生み出すもの、コピーを1枚5セントで売った。
支払いの方法を、消費者のニーズと事情に合わせ、彼らが実際に買うものに合わせるだけのことである。供給者にとってのコストではなく、顧客にとっての価値に対して価格を設定すればよい。
事情戦略|顧客創造戦略3(264)
大型蒸気タービン市場におけるGEのリーダーとしての地位は、第一次大戦前、顧客の事情を徹底的に検討することによってもたらされた。
高度のエンジニアリングを必要とする複雑な装置である蒸気タービンを調達した電力会社は、メーカーの技術的な支援なしにメンテナンスできなかった。
アメリカの法律では、電力会社が大きな支出をするには、州の公益事業委員会の許可が必要だった。各州の委員会は、メンテナンスは電力会社自らが行うべきであるとした。このためGEは、メンテナンス費用を請求できなかった。
蒸気タービンのブレードは、5年から7年で交換が必要で、蒸気タービンのメーカーから調達しなければならなかった。GEはメンテナンス部門つくったが、サービス代金を請求しなかった。メンテナンス部門のコストと利益を、交換用ブレードの価格に上乗せして請求した。メンテナンス部門を関連機器販売部を名づけた。
合理的に行動しない顧客などいない。いるのは無精なメーカーだけである。単に顧客の事情がメーカーの事情と違うだけである。
価値戦略|顧客創造戦略4(266)
価値戦略は、メーカーにとっての製品ではなく、顧客にとっての価値を提供する。前述の事情戦略の延長線上にある。
アメリカ中西部のある中堅企業は、建設重機や大型トラックに使う潤滑油市場の半分以上を支配している。このメーカーは、潤滑油を売ることではなく、一種の保険を売ることにより成功している。
土木業者にとっての価値は、機械の稼働時間である。その潤滑油メーカーは土木業者のために、機械のメンテナンスを分析し、年間のメンテナンス計画と費用を示し、潤滑油を原因とする損失を一定時間内に抑えることを保証する。もちろん自社の潤滑油の使用を前提とする。土木業者は稼働時間という彼らにとって最も大きな価値を買うのである。
「製品Aの生産コストはXドルである。生産コストと資本コストをカバーして適切な利益を計上するには、Yドルを得なければならない」ということには意味がある。しかし「したがって、顧客は製品Aに対してYドルを支払わなければならない」ということにはならない。
正しい言い方は「顧客がどれだけ支払うかは顧客次第である。製品が顧客のためにできること次第である。顧客が価値とするもの次第である」でなければならない。
これはマーケティングの初歩に過ぎない。顧客にとっての効用、顧客にとっての価格、顧客にとっての事情、顧客にとっての価値からスタートすることは、マーケティングのすべてである。
40年間もマーケティングが説かれ、教えられ、信奉されながら、それを実行する者があまりに少ない理由は、私にも説明できない。