2章 「道具としての情報」を使いこなす
企業のコンセプトが変わった(137)
道具とコンセプトは互いに影響しあい、依存しあい、互いに他方を変える。コンピュータという新しい道具によって、企業のコンセプトは次のようにとらえることが可能となり、必然となった。
第1に、企業とは資源の加工者である。コストを成果に転換する機関である。
第2に、企業とは経済連鎖の環である。コストを管理するには経済連鎖全体を把握しなければならない。
第3に、企業とは富を創出する機関である。
第4に、企業とは物的環境によってつくられる被創造物であると同時に、物的環境を造る創造的主体である。
原価計算から成果管理へ(138)
企業と情報の設計がもっとも進んでいるのは、最古の情報システムたる会計の世界である。すでに伝統的な原価計算から、新しいコスト管理に移行している企業も多い。新しいコスト管理では、事業に関わる全プロセスというコンセプトが重視される。
伝統的な原価計算は、製造の総コストは個別作業のコストの和であるとしていた。しかし現実に意味を持つのは、製造の全プロセスにおけるコストである。
新しいコスト管理は、機械の遊休時間や出荷の待ち時間、不良品の手直しや廃棄など、何かを行わなかったことに伴うコストも計算する。そのため、新しいコスト管理は製造コストを大幅に引き上げる。
新しいコスト管理が最大の成果をもたらすのは、サービス活動の分野である。サービス業は個々の作業を基礎としてコスト管理を行うことができない。
サービス業においては、一定期間の総コストが固定しており、かつ資源間の代替ができないという事実こそ、事業の全プロセスをトータルなものとしてとらえ、管理しなければならない理由である。
例えば銀行は、いかなる作業がコストの中心となっているか、いかなる作業が成果の中心となっているかを自問し、いずれも顧客へのサービスであるとの認識にいたっている。
したがって、顧客一人当たりのサービスこそ、銀行のコストと利益を左右する。
小売のディスカウンターはこのことをかなり前に理解した。陳列棚は固定費である。したがって、一定期間において一定量の陳列棚からの収益を最大にすることが、マネジメントの主たる仕事である。
経済連鎖全体のコストを管理する(142)
今日では多くの企業が、自社だけのコスト管理から、経済連鎖全体のコスト管理へと重心を移している。経済連鎖においては、最大の企業さえ環の一つであるにすぎない。
ウィリアム・デュラントは、1908年ころから比較的業績の良い自動車メーカーを買収することによってGMを作り上げた。さらに、20社前後の部品メーカーを買収した。彼は部品会社を買収しては、新車の構想段階から設計に参画させ、生産コスト全体を一つの流れとして管理した。
シアーズ・ローバックは、1920年代に納入業者の少数株式を取得し、長期契約を結んだ。商品の設計段階からそれらの納入業者と協力し、商品コストを一つの流れとして把握し管理した。
1980年代にはウォルマートが、供給業者に店舗の棚に直接納入させるようにした。こうして在庫をなくし、コストを3分の1近く削減した。
トヨタは系列のネットワークによって、生産、販売、サービスのコストを一つの流れとして把握し、最もコストが安く、最も成果のあがる仕事をしている。
価格主導のコスト管理が不可欠(144)
経済連鎖全体のコストを管理するということは、コスト主導の価格設定から価格主導のコスト管理に移行することを意味する。
シアーズ・ローバックやマークス・アンド・スペンサーは、昔から価格主導のコスト管理を行っていた。顧客が進んで払う価格を設定し、商品の設計段階から許容されるコストを明らかにした。
この経済連鎖の考え方は、外部委託、提携、合弁など、支配/被支配ではなくパートナーシップを基盤とする事業関係に現れる。
ほとんどの企業にとって、経済連鎖によるコスト管理への移行は容易ではない。経済連鎖に組み込まれているすべての企業が、統一的な、あるいは少なくとも接続可能な会計システムを持たなければならない。
現実には、それぞれの企業が独自の会計システムを持っており、しかも、自社のシステムを最善のものと信じている。
いかなる障害があるにせよ、経済連鎖全体によるコスト管理を行わなければ、いかに社内で生産性の向上を図ろうとも、競争力を喪失していく。
富を創出するための情報(146)
企業は、富を創出することに対して代価の支払いを受ける。コストを管理することに対して支払いを受けるわけではない。
会計学はバランスシートによって企業の清算価値が示されると教える。だが企業は清算するためにマネジメントしているわけではない。事業体として富を創出するためにマネジメントしている。
ここにおいて事業上の意思決定のための情報が必要となる。それは、基礎情報、生産性情報、卓越性情報、資金情報と人材情報である。
基礎情報(147)
基礎情報とは、キャッシュフローや流動性、ディーラーの新車在庫台数と販売台数の比、収益と社債費の比、売掛金(半年超と総額)と売上高の比などである。
これらのものは、数値が正常であっても特別なことを教えるわけではないが、異常があるならば、発見し処置すべき問題が存在することを教える。
生産性情報(147)
生産要素すべての生産性を測定し、管理するための道具が、EVA(付加価値分析)とベンチマーキングである。
資金コストを超える利益を上げない限り、コストを賄ったことにはならない。富を破壊したことになる。利益を上げているかの如く税金を払っていても関係はない。使用した資金を超えるものを国民経済に返さなければならない。
EVAは、コストに付加した価値を測定することによって生産要素の生産性を測定する。それは、何か行うべきことがあるか、何を明らかにしなければならないかを教える。また、何がうまくいっているかを教える。
そこで「それらの成功から何がわかるか」を考えることができるようになる。
生産性についてのもう一つの手法が、ベンチマーキングである。これは、自社の仕事と、同一業界あるいは全産業界における最高の仕事と比較することである。
卓越性情報(148)
他社にはできないこと、少なくとも他社にはかろうじてしかできないことが、自社では容易にできることが、自社の強み(コア・コンピタンス)である。
リーダーの地位に必要な強みとして、
・何をすでに持っているか
・何を手に入れなければならないかをいかにして知るか
・自らの強みが向上しているのか低下しているのかを、いかにして知るか
・自らの強みは今でも適切か。いかなる変化が必要かをいかにして知るか。
強みを知るためには、自社及び競争相手の仕事ぶりを丁寧にフォローし、予期せぬ成功と予期せぬ失敗を見つけることである。
予期せぬ成功は、市場が評価し支払いを行ってくれるものを明らかにする。予期せぬ失敗は、市場の変化や自社の強みの後退を示す最初の兆候を教える。
あらゆる種類の組織が持つべき共通の強みが、イノベーションの能力である。イノベーションに関わる自らの業績について記録し、評価するためのシステムを持たなければならない。
・一定期間における業界全体のイノベーションのうち、本当に成功したものはどれか。
・それらのうち、わが社のものはいくつか
・わが社の実績は、当初の目標に見合っていたか
・市場の方向性に合致していたか
・市場の地位に見合っていたか
・わが社が成功したイノベーションは、成長力や機会が最大の分野におけるものだったのか
・逸してしまったイノベーションの機会は、どのくらいあったか。なぜその機会を逸したのか。気が付かなかったからか、気づいていながら手を付けなかったのか、本気で取り組まなかったからか
・わが社は、商品化にどのくらい成功したか
資金情報と人材情報(151)
資金と人材という二つの希少な資源こそ、企業が優れた業績を上げるか、貧弱な業績しか上げられないかを決する。
投資案件の評価にあたっては、収益率、回収期間、キャッシュフロー、現在価値という4つの基準すべてについて調べなければならないことを、1930年代のGMが開発したが、ほとんどの企業はそのうち1つか2つで評価している。
さらに、機会とリスクの観点から、他の代替案についても検討し、それらの検討結果全てを一覧する投資計画案を作成しなければならない。これも実際にはほとんどの企業が行っていない。
投資案件の6割は約束した成果をもたらさない。したがって「投資が約束した成果を持たさらないとき、いかなる損害が生じるか」を検討しなければならない。
また、「投資案件が予想以上の成果をもたらしたとき、次に何をしなければならないか」を検討しなければならない。
組織の仕事ぶりを改善していくうえで、投資の成果を、当初の約束や期待と比較対照することほど有効なことはない。
最も希少な資源は人材である。人材を配置するにあたって、彼らに要求するものを明らかにし、その要求に基づいて実績を評価し、さらに任命プロセスそのものを評価することが必要である。
明確な目的意識のもとに慎重な人員の配置を行い、人事の結果を記録し、注意深く検討することが必要である。
事業の成果はどこにあるか(153)
事業の成果は、外部の世界にこそ存在する。組織の中にはコストセンターしかない。唯一のプロフィットセンターは、小切手を渡してくれる顧客である。
基本的な変化が始まり、それが重大な変革に発展していくのは、顧客ではない人たちの世界においてである。今後とも圧倒的に多くの企業が、それぞれの地方・地域において事業を行っていくであろうが、世界の聞いたこともないようなところから突然グローバルなスケールで競争を仕掛けれる危険に直面していく。
事業の失敗を招くに至る致命的な誤りは、企業環境が自分たちの考えるようなものであるに違いないと安易に仮定し、決め込んでしまうことにある。
したがって、そのような仮定に対し、正しい疑問を提起してくれる情報システムが必要である。
情報の入手には、高度に専門化され、情報の世界に通暁した外部の多様な人間の助けが必要である。
単にデータを提供してもらうだけでなく、それまで前提としてきたものを検証し、現在持っているビジョンに疑問を投げかけ、戦略に結びつけるものでなければならない。
情報を一つのシステムに統合する(157)
必要とされる情報のほとんどは、目新しいものではない。情報の評価測定についても、長い間検討されてきている。新しいものは、技術的なデータ処理能力の向上だけである。
しかし、重要なことは道具に関わることではなく、その背後にあるコンセプトに関わることである。新しいコンセプトが、別々の目的に使われていた諸々の手法を、一つの情報システムに統合しようとしている。
そのようなシステムだけが、企業の診断、企業の戦略、事業上の意思決定を可能とする。
これこそまさに、情報の意味と目的に関わる革新的な変化である。すでに過去となったものの記録や、事後処理のための情報から、未来の活動のための情報への進化である。
われわれはこれまで、企業というものは安く買って高く売るものと考えてきた。しかし、これからの新しいアプローチにおいて企業は、価値を付加し富を創出するものとしてとらえなければならない。