2章 われわれの事業は何か
利益と社会貢献は矛盾しない(27)
企業とは何かと聞けば、 ほとんどの人が営利組織と答える。 だがこの答えは間違っているだけでなく、的外れである。
利益は個々の企業にとって重要であるとともに、社会にとってはさらに重要である。 だが利益は、企業と企業活動にとって、目的ではなく制約条件である。利益はその企業の活動の妥当性を判定する基準である。
利益の極大なる概念は、的外れところではない。害を与えている。 この概念のために、利益に対する誤解や敵意が生じている。 現代社会における最も危険な病である。 利益と社会貢献は矛盾すると言う通念が生まれているのも、そのためである。 実際には、企業は高い利益を上げて、初めて本当の社会貢献を行ったことになる。
企業の目的は一つ ー 顧客の創造(28)
企業の目的は、それぞれの企業の外部にある。 企業が社会の機関であり、その目的も社会にある。 企業の目的の定義は1つしかない。それは、顧客を創造することである。
企業とは何かを決めるのは、顧客である。 顧客が価値を認め、購入するものは製品ではない。 それは、製品やサービスが提供するもの、すなわち効用である。
企業には基本的な機能が2つある。それはマーケティングとイノベーションである。成果を生むのはマーケティングとイノベーションだけである。
顧客から出発せよ(29)
これまでマネジメントのいう マーケティングは、販売に関する諸々の活動の組織的な遂行を意味していた。 だがそれではまだ販売である。 その考えは、我々の製品から出発している。我々の市場を探している。
これに対し、真のマーケティングは、顧客から出発する。 すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する。「顧客は何を買いたいか」を問う。「これが顧客が求め、価値ありとし、必要としている満足だ。」という。
常に何らかの販売は必要である。しかしマーケティングの理想は、販売を不要にすることである。 マーケティングが目指すものは、 顧客を理解し、製品やサービスを顧客に合わせ、 おのずから売れるようにすることである。
新しい経済満足を生み出す(30)
静的な経済には、企業は存在しえない。 企業は、 成長する経済、変化を当たり前とする経済にしか存在しえない。 そして企業こそ、この成長と変化のための機関である。
したがって、企業の第二の機能は、イノベーションである。新しい経済的満足を生み出すことである。
イノベーションの結果もたらされるものは、新しいより良い製品や、新しい便利さや、新しい欲求である。
イノベーションとは、 人的資源や物的資源に対し、より大きな富を生み出す新しい能力をもたらすことであると定義できる。
企業の活動とは、マーケティングとイノベーションによる顧客の創造である。したがって、企業をマネジメントするということは、起業家的な活動である。
われわれの事業は何か(32)
あらゆる組織において、共通の物の見方、方向づけ、活動を実現するには、「われわれの事業は何であり、何であるべきか」を定義することが不可欠である。
自らの事業は何かを知ることほど、簡単でわかりきったことはないかに見える。 鉄道会社は貨物と乗客を運ぶ。保険会社は火災の危険を引き受け、銀行は金を貸す。 しかし実際には、「われわれの事業は何か」を問うことこそ、トップマネジメントの第一の責任である。
おそらく、企業の目的としての事業内容を十分に検討していないことが、企業の挫折や失敗の最大の原因である。
顧客は誰か(34)
企業の目的を提示する場合、出発点は1つしかない。顧客である。 製品やサービスの購入によって顧客を満足させようとする欲求によって定義される。「我々の事業は何か」との問いは、企業を外部、すなわち顧客と市場の視点から見て初めて答えることができる。
顧客の現実、状況、行動、期待、価値観からスタートしなければならない。 したがって「誰が顧客か」との問いこそ、企業の使命を定義する上で最も重要な問いである。
顧客は常に、少なくとも2種類いる。しかも顧客によって、事業の定義も違い、その期待や価値観の違い、購入するものも違う。
次の問いは、「顧客は何を買うか」である。
ドイツ生まれのニコラス・ドレイシュタットは、キャデラック事業部の経営を任され、「キャデラックは、ダイヤモンドやミンクのコートと競争している。顧客は、輸送手段ではなく地位を買っている」と考えた。この答えが、破産寸前のキャデラックを救った。
ほとんどのマネジメントが、せいぜい苦境に陥った時にしか「われわれの事業は何か」を問わない。 もちろん苦境のときには当然である。 しかし真剣に問うべきなのは、むしろ成功している時である。 成功は常に、その成功をもたらした行動を陳腐化する。新しい現実を作り出す。新しい問題を作り出す。
われわれの事業は何になるか(36)
マネジメントたるものは、「われわれの事業は何か」を問うとき、「われわれの事業は何になるか。事業の目的や性格に影響を与える恐れのある環境の変化は認められるか」「それらの予測を、われわれの定義すなわち事業の目的、戦略、仕事にいかに組み込むか」を問わなければならない。
消費者の欲求のうち、今日の製品やサービスで「満たされていない欲求は何か」を取らなければならない。 この問いを発し、かつそれに正しく答える能力を持つことが、波に乗っているだけの企業と本当に成長する企業との差になる。
「 われわれの事業は何であるべきか」との問いも不可欠である。この問いに答える上で考慮すべき要因は、社会、経済、市場の変化であり、イノベーションである。
何を廃棄するか(37)
「既存の製品やサービス、工程、市場、流通チャネル、最終用途は、今日は有効か。明日も有効か」
「今日顧客に価値を与えているか。明日も顧客に価値を与えるか」
「今日の人口や市場、技術や経済の実態に合っているか。もし合っていない場合には、いかにしてそれらを廃棄するか。あるいは少なくとも、いかにしてそれらに資源や努力を投じることを中止するか」
事業を定義することは難しい。苦痛は大きく、リスクも大きい。しかし、事業の定義があって初めて、企業は目標を設定し、戦略を開発し、資源を集中し、活動を行うことができる。事業の定義があって、初めて業績を上げるべくマネジメントできるようになる。
目標を具体化する(38)
事業の定義は、目標に翻訳しなければならない。
目標は、
第1に、具体的であって、成果を評価するための基準である。事業にとっての基本戦略である。
第2に、行動のためのものであって、仕事と成果にとって基準となり、動機づけとなるものである。
第3に、資源と行動を集中させるためのものであって、網羅的ではなくメリハリのあるべきものである。
第4に、マネジメントは多様なニーズをバランスさせることが必要で、目標は複数でなければならない。
第5に、事業の成否にかかわる領域すべてについて必要なものである。
目標の設定領域
- マーケティング
- イノベーション
- 人的資源
- 資金
- 物的資源
- 生産性
- 社会的責任
- これらの目標を達成しリスクをカバーするために必要な利益
マーケティングの目標(40)
マーケティングの目標はつねに複数でなければならない。
- 既存の市場における既存の製品・サービスについての目標
- 製品・サービス、および市場の廃棄についての目標
- 既存の市場における新製品・新サービスについての目標
- 新しい市場についての目標
- 流通チャネルについての目標
- アフターサービスについての目標
- 信用供与についての目標
マーケティングの目標を設定するための基本的な二つの意思決定
- 集中の目標
「われわれの事業は何か」という問いに対する答えを、意味ある行動に転換するための、基本中の基本ともいうべき重大な意思決定である。
- 市場地位の目標
シェアが小さく限界的な存在となることは、企業の存続にとって危険である。
しかし、市場を支配すると、惰眠をむさぼり、自己満足によって失敗する。
したがって、市場において目指すべき地位は、最大ではなく最適である。
イノベーションの目標(43)
イノベーションの目標とは、「われわれの事業は何であるべきか」との定義を具体的な行動に移すためのものである。
- 製品・サービスにおけるイノベーション
- 市場、消費者行動、価値観に関わるイノベーション
- 製品を市場に持っていくまでの間におけるイノベーション
経営資源の目標(43)
三種類の経営資源(人的資源、物的資源、資金)それぞれを引き付け、生産的に利用できなければならない。
特に人的資源と資金を引きつけることができなければ、永続はできない。
人的資源と資金の獲得に関する、マーケティングの考え方を適用した問い
- われわれが欲しかつ必要とする種類の人材を引き付け、留めておくためには、わが社の仕事をいかなるものとしなければならないか
- いかなる種類の人材を獲得できるか。それらの人材を引き付けるには、何をしなければならないか
- われわれが必要とする資金を引き付け留めておくには、わが社への資金の投入を、いかにして魅力のあるものにしなければならないか
経営資源に関わる目標を設定する二つの方向
- 自らの需要
- 経営資源の市場と自らの事業構造、方向、計画との関連
生産性の目標(44)
あらゆる企業が、人的資源、物的資源、資金という3つの経営資源について、生産性の目標を設定しなければならない。同時に、生産性全体について目標を設定しなければならない。
例えば労働生産性の向上が、他の経営資源の生産性の低下と引き換えにもたらされたのであれば、全体の生産性は低下しているかもしれない。
企業の各部門のマネジメントや、企業間のマネジメントを比較するうえで最良の尺度となるのが生産性、すなわち経営資源の活用の度合いとその成果である。企業間に差をつけるものはマネジメントの質の違いである。
社会的責任の目標(45)
企業は、社会と経済の中に存在する。ところが組織の中にいると、自らの組織が真空に独立して存在しているように考えてしまう。
組織は、社会と経済の創造物である。組織は社会や経済の許しがあった存在しているのであり、社会と経済がその組織を有用かつ生産的な仕事をしているとみなしている限りにおいて存在が許されているにすぎない。
社会性に関わる目標は、マネジメントが社会に対して責任があるために必要となる目標ではない。自らの組織に対して責任があるために必要とされる目標である。
利益の目標(46)
これら諸々の目標を徹底的に検討し、設定して初めて企業は「利益がどれだけ必要か」という問いに取り組むことができるようになる。
利益とは、企業にとって存続の条件であり、未来の費用、事業を続けるためにひつような費用である。
もちろん利益計画は必要だが、利益の極大化についての計画ではなく、必要最小限の利益についての計画でなければならない。
この必要最小限の利益というものは、多くの企業では実際にあげている利益はもちろん、目標としている利益の極大のための額をも上回る場合が多い。