1章 企業の所有者が変わった
年金基金の台頭(79)
アメリカでは年金基金を中心とする機関投資家が、大企業とかなりの数の中堅企業の株式の4割を保有している。また、年金基金は、大企業の中長期債の約4割を保有するにいたった。
年金基金が、支配的な所有者かつ債権者として登場してきたことは、経済史上最大の権力構造の変化を意味する。
ここでわれわれは、2つの問題に注意を向けなければならない。一つは、年金基金は企業のマネジメントに対し、いかなる責任を持たせなければならないかという問題である。
もう一つは、その責任を果たさせるためにはいかなる組織構造を実現しなければならないかという問題である。
もはや投資家ではない(80)
年金基金が株式資本の主たる所有者として登場したのは、1970年代の初めである。彼らは受け身の短期的な投資家であることを欲しており、企業の所有者となることを欲しなかった。
しかし今日、年金基金という受託者は、自分たちがもはや投資家ではないという事実に目覚めつつある。
定義によれば、投資家とは株式を売却できる者である。年金基金の持ち株はかなりの規模となり、もはや簡単に売ることはできない。機関投資家間で取引する以外に処分の道はない。
企業は、権限と能力を持つ強力なマネジメントを必要とするが、年金基金は自ら企業のマネジメントとなることはできない。
こうして年金基金は新たな所有者として、企業が適切なマネジメントを行っているかどうかを確かめなければならなくなった。
成果と仕事に対する責任(81)
企業のマネジメントは明確な責任を持たなければならないし、その責任の遂行が制度的に担保されていなければならない。責任は、善き意図に対してではなく、仕事と成果に対して持たされなければならない。
仕事と成果を明確に定義することは、効果的なマネジメントと、利益のあがる所有権にとっての前提条件である。
利害当事者のためのマネジメント(82)
1950年ころの代表的なプロ経営者、GEのCEOラルフ・コーディナーは、上場企業のトップマネジメントは受託者であるとした。
その責任は「株主、顧客、従業員、供給業者、工場所在地の地域社会の間の、利害をバランスさせる」ことであるとした。今日のいわゆるステークホルダー(利害当事者)の考え方だった。
しかしコーディナーの答えでは、成果の定義も、「バランスさせる」ことの意味も曖昧だった。マネジメントに仕事と成果に対する責任を果たさせるための責任構造も示されてはいなかった。
これではプロのマネジメントは啓蒙専制君主となる。賢王にせよCEOにせよ、仕事もできなければ長続きしようもない。
コーディナー型のマネジメントに対する強烈な攻撃となったものが、1970年代後半以降の敵対的買収の頻発だった。
株主のためのマネジメント(84)
今日、アメリカの大企業のCEOのほとんどが、「シェアホルダー(株主)の利益」「株主にとっての価値」を最大化するために企業をマネジメントしているという。
「利害当事者の利益をバランスさせる」とのコーディナーの言葉ほど格好よくはないが、現実的である。しかしこの定義の寿命はさらに短い。
「株主にとっての価値」を最大化するということは、半年あるいは1年以内に株価を高くすることを意味する。それ以上の長期ではありえない。
しかしそのような資本利得は、企業にとっても大多数の株主にとっても誤った目標である。「株主にとっての価値」を最大化することは、永続しえない。
「富の創出能力」を最大化する(87)
ドイツや日本の産業を所有する機関投資家は、マネジメントの仕事と成果をどのように定義していたのか。両者の定義は同じだった。「富の創出能力」を最大化させようとした。
この目標こそ、短期と長期の成果を統合し、マーケティング、イノベーション、生産性、人材育成などのマネジメントの成果を財務上の成果に結びつけるものである。
この目標こそ、株主、顧客、従業員などあらゆる利害当事者を満足させるうえで必要なものである。
それらの目標全てを統合するものが財務上の目標である。まさしく財務上の責任こそ、マネジメントの仕事ぶりにとって鍵となるものである。財務上の責任なくして、いかなる責任もありえず、成果もありえない。
マネジメントの仕事ぶりを評価する(88)
このマネジメントについての定義を、いかにして制度的な構造に組み込むか。
最大の年金基金さえ、ごくわずかな株式の保有しか許されていないため、特定の企業を支配することはできない。
そもそも年金基金は資産の管理者であり、事業自体には関心がない。だが、年金基金が集団として支配している企業については、徹底した業務分析を必要とする。
現在会計事務所が行っている財務監査に似た事業監査が発展する。事前に定められた基準に基づき、使命と戦略の見直し、マーケティング、イノベーション、生産性、人材育成、社会的責任、利益についての監査が行われるようになる。
誰がこの道具と実際に使うか。答えは一つしかない。活性化した取締役会である。有能な人材が鍵ではない。普通の人間で十分である。
取締役会を効果的にするには、取締役会の仕事を規定し、その仕事ぶりと貢献について具体的な目標を設定し、実際の仕事ぶりを定期的に評価していけばよい。
取締役会は、その企業にコミットする強力な所有者を代表するとき、はじめて効果を上げることができる。