3章 事業を定義する
もはや前提が時代遅れだ(47)
順風満帆に見えた大企業が、突然危機に直面し、低迷し、挫折する。 企業以外の組織でも起こっている。
原因は、マネジメントの方法が下手だからではない。マネジメントの仕方に失敗したためでもない。
それは、これまで事業の定義としてきたものが、現実にそぐわなくなったためである。
何を行い、何を行わないかを決め、何を意味ある成果とするかを規定すべき前提が、時代遅れとなったためである。
これまで成功してきた大組織が不調に見舞われているのは、彼らの事業の定義が有効でなくなったからである。
IBMが直面した現実(48)
IBMの将来は、無数のユーザを接続するメインフレームコンピュータの強化にかかっているとしていた。
そこに2人の若者が、パソコンなるものをひっさげて登場した。 コンピューターに不可欠なメモリやデータベースを持たず、スピードや計算能力も劣っていた。
ところが市場は、Macintoshと言う非嫡出子を好意的に受け入れ、実際に購入した。
成功している大企業というものは、不意打ちにあってもそのことを水戸陽としないものである。当時のコンピュータメーカーは、それを馬鹿げた代物と決めつけた。
だがIBMはパソコンの登場を現実として受け入れた。 2年後には世界最大のパソコンメーカーとなり、事実上の規格設定者となった。
そのIBMが、前例のない活力、謙虚さ、機動力にもかかわらず、やがてメインフレームでもパソコンでも苦戦を始めた。行動を取れなくなった。
GMはなぜ失敗したのか(50)
GMは、乗用車部門が麻痺的な状態にあった80年代初め、エレクトロニックデータシステムズ(EDS)とヒューズエレクトロニクスを買収した。 当時アナリストの多くが、GMは法外な値段を払ったと指摘した。
ところが数年後には、GMは、成熟していたはずのEDSの売り上げと利益を3倍以上に伸ばした。 同じように軍需産業が転落する寸前に買収したヒューズエレクトロニクスを、軍事部門で利益を上げさせるとともに、民事部門でも成功させた。
GMではよくあることだった。80年前の一連の買収以来、業績は良いが成熟してしまった企業を買収し、一流の事業に育てあげるという他の企業にはない強みを持っていた。
しかし今日、そのGMが、不案内の事業を成功させる能力を維持しながら、本業では惨めに失敗している。
現実が前提を変えてしまった(50)
IBMやGMで長年にわたって通用していた方針、方法、プロセスが、本業で通用しなくなったことを、いかに理解すべきか。
それは、直面している今日の現実がこれまで前提としてきたものとは著しく違ってしまったにもかかわらず、事業の定義を代えられなかったためである。
発電所とトースターならば、相互に依存し合い補完し合う存在たりうるので、 1つの企業が所有し、マネジメントすることができる。 ところがメインフレームとパソコンは、そもそも同じ企業では共存できないのかもしれない。
IBMは、この2つを合わせ持とうとした。 パソコンの成長はあまりにも早く、メインフレームビジネスの風下におくことはできなかった。しかも、メインフレームは利益を上げていた。したがって、パソコンだけに力を入れることはできなかった。
結局、コンピュータ産業はハードウェア志向であると言う前提が、IBMを麻痺させた。
成長市場を無視したツケ(51)
GMは1920年代の初めから、自動車市場は価値観を同じくする安定した所得層に区分できるとの前提に立ち、モデルチェンジを減らし、大量生産によって1台あたりの固定費を最小にした。
GMは、各車種の最高価格が1つ上の車種の最低価格と重なるようにし、かつ下取り価格を上げることによって、上の車種に移ることを容易にした。 この方法は、魔法のように働いた。大恐慌中の最悪の年でさえ、GMは赤字を出すことなくシェアを広げた。
ところが1970年代の終わりになって、市場と生産についてのこの前提が有効性を失った。 所得は、自動車の購入にとって、いくつかの要因の1つに過ぎなくなった。さらに、リーン生産が規模のメリットをなくし、モデルチェンジや多様化にコストがかからなくなった。
GMはこれらのことを理解したが、心底信じてはいなかったため、つぎはぎの対策をとった。各事業部が、より広い所得層に合う車を市場に投入し、300億ドルの巨費を投じて、オートメ化のもとにマス生産を始めた。
それらの対策は、ユーザ、ディーラー、従業員、さらにはマネジメント自身を混乱させただけだった。
事業の定義(53)
事業の定義は3つの要素からなる。
第一は、組織を取り巻く環境である。すなわち、社会とその構造、市場と顧客、そして技術の動向についての前提である。組織が何によって対価を得るかを明らかにする。
第二は、組織の使命すなわち目的である。 ここにいう使命は、必ずしも野心的なものである必要はない。 組織が何を意味ある成果とするかを明らかにする。 経済や社会に対し、いかに貢献するつもりかを明らかにする。
第三は、そのような使命を達成するために必要な強みについての前提である。リーダーシップを維持していくためには、いかなる分野で抜きん出なければならないかを明らかにする。
このような明瞭かつ一貫性のある有効な事業定義にたどり着くには、時間をかけた作業と思考と試行錯誤を必要とする。組織が成功するには、必ずこの定義を行わなければならない。
4つの条件(54)
事業の定義が有効であるためには、4つの条件を満たさなければならない。
第一に、環境、使命、強みについての前提が、それぞれ現実に合致していなければならない。
第二に、事業の定義に関わる3つの前提は、それぞれが互いに合致していなければならない。
第三に、事業の定義は、組織全体に周知徹底していなければならない。 組織が成長するに伴い、その定義を当然のこととし、特別に意識しなくなる。万事がずさんになり、手軽に済ますようになる。 疑問を持たず、考えなくなる。事業の定義がいわば慣習となる。しかるに、事業の定義はそれ自体が規律である。
第四に、事業の定義は、たえず検証していかなければならない。 定義は、石板に刻んだ碑文ではない。社会、市場、顧客、技術という常に変化して止まないものについての仮説に過ぎない。したがって、自己変革の能力そのものを、定義の中に組み入れておかなければならない。
定義は必ず陳腐化する(56)
事業の定義が陳腐化してきた時の最初の対応は、防衛的である。現実を直視せず、何事も起こっていないかのように振る舞う。 その次によく見られる対応は、小手先の対策である。
事業の定義が陳腐化の兆候を示し始めたときには、それまで成長の基盤となってきた前提が古くなってしまったことを認識し、自らの環境、使命、強みを現実に照らし合わせてみなければならない。
具体的には、予防策を講じなければならない。事業の定義を定期的にモニターし、検証するシステムを作っておき、兆候を早期に診断しなければならない。
第一の予防策は、体系的廃棄である。3年おきに、すべての製品、サービス、流通チャネル、方針を根本的に見直すことである。「もし今行っていなかったとして、それを始めるか」を検討することである。
第二の予防策は、外で起こっていること、特に顧客でない人たち(ノンカスタマー)について知ることである。ノンカスタマーの数は顧客よりも多く、基本的な変化の最初の兆候はノンカスタマーに現れる。 顧客志向は大切だが、それだけでは充分ではない。
問題を早期に発見する(58)
事業の定義は、組織が目標を達成したときに陳腐化する。目標が達成されるときとは、お祝いをすべきときではなく、定義を考え直すべきときである。
急速な成長も、事業の定義の危機を意味することがある。短期間に2倍、3倍に成長すれば、いかなる組織も、それまでの定義を超えて成長しているに違いない。
そのような成長が、より深いところで、事業に関わる前提や方針や慣行に、問題を投げかけていることを知らなければならない。成長はもちろん、健全性を維持するためにも、自らの環境と、使命と、強みについて繰り返し自問自答しなければならない。
予期せぬ成功と失敗(59)
事業の定義が有効でなくなったことを示す兆候の1つは、自らのものであれ、競争相手のものであれ、予期せぬ成功である。もう一つは、同じく自らのものであれ、競争相手のものであれ、予期せぬ失敗である。
デトロイトのビッグスリーが日本車に打ちのめされていたまさにその時、クライスラーがミニバンとジープで急激な伸びを示すという予期せぬ成功を収めた。
もしGMが、クライスラーの成功に目を向けていたならば、自動車市場の区分や自らの強みについての前提が効力を失っていることに気づいたかもしれない。
予期せぬ失敗は、60歳を過ぎてからの軽い心臓発作と同じように、真剣に受け止めなければならない。
1981年、シアーズは証券会社を買収し、その営業所をシアーズの各地の店内に設けた。だが大失敗だった。 シアーズはあきらめ、証券部門の営業所を店舗の外に出したところすぐに業績が上がり始めた。
もしシアーズがこれを単なる失敗の1つとみなさず、自らの本業の定義の陳腐化の兆候として捉えていたならば、実際よりも10年は早く、事業の立て直しにかかれたはずだった。
定義を見直す(61)
事業の定義の見直しに必要なのは天才ではなく、勤勉さである。賢さではなく、問題意識である。そもそもCEOとはそのための存在である。
われわれは陳腐化した事業の定義の見直しを、奇跡を起こす人に頼るわけにはいかない。実際に奇跡を起こしたと目されている人たち自身が、カリスマ性、予知能力、超能力の類を一切否定している。
彼らは、診断と分析から始める。目的の実現や急速な成長には、事業の定義の見直しが必要であることを知っている。予期せぬ失敗を部下の無能や偶然のせいにしない。システムの欠陥の兆候と見る。逆に予期せぬ成功についても、自らの手柄とせず、自らの前提に課題が生じていると見る。